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放送作家部

一見、短所にしか思えない「嫌味」。しかし、実は「嫌味」は使い方次第によって、ユーモアになったり、はたまた新しい企画に変換する事が出来たりする。
この理論では、欠点をアイディアに変換する方法がわかる!

“嫌味”とは、人をいやがらせる言葉のことである。言われた人間は気分を害して、悪口を言った人間にさらに仕返しをするかもしれない。双方にとって、まったくタメにならないわけである。
この文章を書いている僕も、嫌味をいってしまう癖がある。対象となる人間の前では決して言うことはないが、気になってしまうところを見つけると、どうしても友人に愚痴りたくなるものだ。

嫌味をいう人間は、大抵、対象となる人間のことを観察して、悪口を言う。出力している言葉・内容はマイナスイメージが付与するものであるが、途中の過程である「観察力」というものは、むしろ一般の人間よりも優れているのではないだろうか。

人というものは、基本偽善者である。悪いところを見つけたとしても、決して本人の前で言う事はない。自分のことを自己中心的な人間だとは思われたくないし、それを言う事で社会的信用を失いたくないからである。よって、大抵は、気の合う仲間同士で愚痴りあう、というのが常である。しかし、この行為は双方にとって、全くメリットがなく、生産性がない。それならば、出力している言葉をマイナスからプラス、つまり、面白おかしい言葉や、ユーモアあふれるものに変換してみるとどうだろう。
例)靴をいっぱい持っている人に対して、「お前はイメルダ夫人(※1)か!!」

ニュース番組の特集でも見たことがあるかもしれない。セレブが自宅にある、大量のブランド品をレポーターに見せているシーンを。実際に使うわけでもなく、欲の赴くままに観賞用として買いあさり、保存しているその姿を。多くの人々が”ムカつくわ・・”と思うのではないか。

しかし、そのコーナーのナレーターでもいい。お笑い芸人でもいい。例のような言葉を叫んでくれると、どこか心がなごむ。笑い飛ばしてしまいたくなる。
こういった、人が共感できる事柄で且つ、センスがある冗談のことを指す“ユーモア”を話せる人間と仲間内でイヤミを言い合う人間の違いは、そこまで無いと思われる。共通しているのは“観察力”が必要だということである。

また、ユーモアとは違った、ただのイヤミも、十分有用なことがある。ただし、イヤミで終わらすのではなく、それを未来につなげるのだ。1995年、ユニクロは新聞紙上で『ユニクロの悪口言って100万円』なる企画を掲載した。ユニクロ製品の悪い点を消費者に指摘してもらうというもの。集まった悪口は10000通にものぼり、このキャンペーンが、現在のユニクロの躍進につながっているという。

また、テレビ界においても、テレビプロデューサーであるテリー伊藤が、「テレビ番組は悪口を言いながら観ろ」という言葉を残している。その番組のどこが悪いのか、「俺ならこうしてやる!」「このコメントわかりづらい。」、「みにくいな、このカット・・」その思ったことを、自分の番組作りに生かしたそうだ。

ふと考えてみると、欠点を改善するなんていうことは誰もが出来そうなことだ。
しかし、言うことはできるが、実践はナカナカ難しい。人の欠点やテレビ番組の悪い部分を心の中では認識出来ているが、それを言葉にはなかなかできない。
悪いと思ったことを、良い方向に、面白おかしくアウトプットすることを、この文章を読んでくれた皆さんには心がけてもらいたい。言うまでもなく、筆者である僕もそのうちのひとりではあるが。
悪口は隠れて言うと「陰口」になるが、面と向かって楽しく言うと「ツッコミ」になる。ツッコミには鋭い観察力がいるのだ。

(※1)フィリピン共和国第10代大統領 フェルディナンド・マルコスの妻。独裁者の夫とともに、贅の限りを尽くす。1986年、失脚し、ハワイに亡命。彼女が住んでいたマラカニアン宮殿には、3000足の靴が残されていたという。